2026年2月、日本政府は静かで歴史的な発表を行った。太平洋の南鳥島沖、水深6,000メートルの深海から、レアアースを含む泥の試験採取に成功したというのだ。この一文の意味は、私たちが想像する以上に大きい。スマートフォン、電気自動車、精密誘導ミサイル──現代文明を支えるほぼすべての機器には、希少元素が欠かせない。そしてその供給の大部分を、中国が握っている。南鳥島プロジェクトは、依存構造を変えうる日本の「切り札」だ。しかし、ここに新たな懸念も浮上している。同盟国アメリカも、この資源に熱い視線を向けているのだ。
レアアースはなぜ必要なのか
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スマホにも潜む「地政学の火薬庫」
レアアースとは、ランタノイド系列を中心とした17種類の元素の総称だ。「希少」という名前とは裏腹に、地殻中の存在量は銅やニッケルと大差ない。しかし問題は「採掘可能な場所が限られている」ことと、「電子構造によって生み出される性質が代替不可能」なことにある。
- 電気自動車のモーターにはネオジム磁石が使われ、鉄磁石の数十倍の磁力を発揮
- スマホ1台には最大17種類のレアアースが使用され、バイブレーターやカメラレンズなどに配分
- 精密誘導ミサイルのジャイロスコープや戦闘機のレーダー、MRIの造影剤にも必須
EV1台に使われるレアアースは約1kg。世界のEV台数が2030年に3億台を超えると予測される中、需要は現在の3~5倍に膨らむとされる。
埋蔵量は世界に豊富なのに、なぜ中国だけが採掘するのか
世界のレアアース埋蔵量(USGS 2025年調査)を見てみよう。

🌍 世界レアアース埋蔵量ベスト10(2025年・USGS調べ)
出典:USGS Mineral Commodity Summaries 2025
| 順位 | 国 | 埋蔵量(万トン) | 年間採掘量 |
|---|---|---|---|
| 1 | 🇨🇳 中国 | 4,400 | 27万トン |
| 2 | 🇧🇷 ブラジル | 2,100 | わずか20トン |
| 3 | 🇮🇳 インド | 690 | 2,900トン |
| 4 | 🇦🇺 オーストラリア | 570 | 1.3万トン |
| 5 | 🇷🇺 ロシア | 380 | 2,500トン |
| 6 | 🇻🇳 ベトナム | 350 | 300トン |
| 7 | 🇺🇸 アメリカ | 190 | 4.3万トン |
| 8 | 🇬🇱 グリーンランド | 150 | 0トン |
| 9 | 🇹🇿 タンザニア | 89 | 0トン |
| 10 | 🇿🇦 南アフリカ | 86 | 少量 |
ブラジルやインドには大量の埋蔵量があるにもかかわらず、採掘はほぼ行われていない。その理由は複合的だ。
- 採掘に硫酸などの化学物質を大量に使い、放射性廃棄物が発生することも多い
- 欧米諸国では環境審査が厳しく、採算が合わない
- 中国は1980年代から安価な労働力と緩い環境基準で価格競争力を確立
- 採掘した鉱石を製品に加工する精錬・分離技術を世界の90%以上握っている
結果として、他国が鉱石を掘っても、中国に持ち込まなければ製品化できない「依存構造」が完成してしまった。
輸出規制と軍事的圧力──中国はすでに動いている
地政学リスクは仮定の話ではない。
- 2025年4月:中国がジスプロシウム・テルビウムなど7種のレアアースに輸出規制
- 2025年5月:日本への磁石輸出量が前年比7割減
- 2025年6月:中国海軍空母「遼寧」が南鳥島EEZに一時入域
さらに2026年1月、中国は軍民両用品目の対日輸出禁止を発表。「資源を外交カードとして使う」という意図は明白だ。日本は依然としてレアアース輸入の約6割を中国に依存しており、15年以上前の尖閣事件時と構造は変わっていない。
脱炭素がレアアース争奪戦に火をつける
脱炭素社会は、逆説的にレアアース依存を加速させる。
- EVモーター:1台あたり約1kgのネオジム磁石
- 洋上風力タービン:1基あたり数百kgのレアアース磁石
国際エネルギー機関(IEA)は、2050年カーボンニュートラルシナリオでのレアアース需要を現在の4~6倍と試算。日本が南鳥島に賭ける理由は明確だ。脱炭素と資源安全保障を同時に達成できる数少ない手段が、深海採掘なのだ。
水深6,000m──日本が動かした「深海の切り札」

2026年2月、内閣府SIPとJAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」が、世界初となる500気圧超の環境下での閉鎖型循環方式採鉱システムを運用し、レアアース泥の試験採取に成功。
南鳥島のレアアース泥の特徴:
- 魚の骨が起源のリン酸カルシウムに濃縮
- 放射性物質や有害物質をほとんど含まないクリーン資源
- 推定埋蔵量:1,600万トン(世界第3位相当)
- 日本EEZ内に存在 → 他国の許可不要
ロードマップは2027年に大規模試験(1日350トン回収)、2028年度以降の産業化を目指している。
同盟国アメリカの参加要求──利益か、支配か
2025年10月28日、日米首脳会談で「重要鉱物・レアアースの供給確保のための日米枠組み」に署名。首相も「米国にも参加してもらい、スピードアップしたい」と明言している。
表向きは補完関係:
- 米国:採掘・輸送技術と資金力
- 日本:精錬技術と採掘場所
しかし課題もある。EEZ内資源であるにもかかわらず、同盟国が関与すれば「主導権」は誰にあるのか。投資の見返りとして資源配分や価格決定権を求める可能性も否定できない。
2028年、日本は「資源国」になれるのか
南鳥島の産業化により、日本は技術立国から資源国への第一歩を踏み出す可能性がある。しかし試練も三つある。
- 採算性:深海採掘は陸上の数倍のコスト
- 精製・量産技術:採掘後の製品化プロセス確立が課題
- アメリカとの交渉:主導権を保持できるか
資源を持つ国が外交を動かす時代、日本は深海に「切り札」を手に入れつつある。その切り札を誰のために、誰の手で使うのか。2028年に、日本は重要な選択を迫られる。
